やすら樹 NO.84

医療と内観 ―第18回―

   本当の立山とは

 心の病気は、人間関係に始まり、人間関係に終わると言ってもいい。人は漢字の文字が示すように、人の支えがあって成立し、一人で生きていけない。その結果、人間関係の狭間で、時に上司と部下、同僚、男女、親子、嫁姑など、いろいろな人間関係が織りなす綾の中で悩み苦しむ。


 今日も、Aさんが硬く不安げな表情で私の目の前にいる。症状は突然訪れる不安と動悸、持続する抑うつ気分、そして悪夢と不眠。上司が少し売り上げが落ちた事を理由に、衆目の中で叱責した事など、上司への憤りがAさんから感じられる。安定剤の投与と傾聴により、少し余裕がAさんに現れた時、「富山から見た立山、黒部から、氷見から、そして飛行機から見た立山。本当の立山はどれですか」と聞いてみた。


 立山は日本3霊山の一つですが、むしろ立山黒部アルペンルートの一つと知られている。富山県民には毎日仰ぎ見る山で、県下の多くの校歌でその名が歌われ、富山市からは、三千メートル級の山々が連なる北アルプスの真ん中に鎮座し、黒部からは視野の右隅に、氷見からは海に浮かぶ山として、飛行機から見慣れない光景として雄峰立山を認める。


 みなさん、どれが本当の立山と思われますか。こんな例えであれば、十人中九人までは「みんなそうです」と答える。立山は一つで、見る位置が変わっただけですべてが本当の立山である。ところが、心の観る位置、視点を変える事は理性では理解できてもなかなか難しい。もしも私がAさんに、上司の目線であなたを観てみたらなどと押しつけがましく言ったりすれば、先生は私の気持ちをわかってくれないと、以後心を開こうとしなかったり私の前から消えてしまう。答えを言わなくても、悩みの解決に心の視点を変えると良いのだと理解する人もいる。そんな方には、実際に行う事の難しさを共感的に語ることがある。


 ではその困難性は、「何でだろう!」。人には、理性と別に感情があって人の思考や行動に働いている。Aさんには、今まで優秀な部下で上司を支えてきたという自負心があり、売り上げ減少による叱責は不当であるという怒りが、理性の働きを曇らせている。例え、上司は優秀な部下であるからこそ、泣いて馬謖を斬る思いで行ったと気づいていても、そんな視点で見たくないという抑圧が働いているかもしれない。


 北陸で開催されたさわやか会の内観体験談で、母への愛を感じ取れないことに大きな壁として感じとってきた方が、集中内観中に、母の視点で私が見えてきた時に、更年期の症状に悩みながら家族の為に家事を含めた日常的な仕事をし、私の望む言い方ややり方でなかったかもしれないが、私の成長を望んでくれたことに気づき、同時に健康な罪悪感を感じた時、明るさとうれしさを感じ、感謝の念で涙が止まらなかったという。理性の枠だけでは、この方のような心の視点を変えることは難しく、一般の精神科の治療の中では内観療法のようにうまくいかない。


 最近、嫌な記憶を消すように前頭葉が記憶に関係する海馬という脳内の場所に指令を送っている機構がわかってきたと米科学誌「サイエンス」に掲載されるという。このメカニズムが解明されると、嫌な記憶が消されずに残る心のトラウマの機構や、内観をすると昔の忘れ去った記憶が鮮明に思い出される仕組みがわかるかもしれない。最後に、心の「本当の立山」が観える人が、一人でも多くなることを願う次第です。

Copyright(C) 2019 Hiroaki Yoshimoto