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やすら樹 NO.75

医療と内観 ―第9回―

  紫陽花の色

 

 北陸の梅雨は、低く垂れこめた空のもと、蒸し暑さに心も暗くなりそうです。そんな中で、小さな庭の片隅に今年も青い紫陽花(アジサイ)が咲きました。雨の合間に映える紫陽花、雨の滴に濡れた紫陽花、それぞれがこの季節の風情を楽しませてくれます。この紫陽花は、元々は物干し場に植えてあったものを、家内が挿し木して現在の位置に移したのですが、ところが物干し場にあった時は赤紫色、庭に咲いた花は青色、びっくりした思い出があります。


 紫陽花は、ユキノシタ科アジサイ属の落葉低木で、花に見える部分は蕚片(ガクヘン)、本当の花はその中の小さな点のような部分。色は七変化で、白から徐々に薄緑、青、青紫、赤紫、淡紅などの順で変化していき、最終の色は土壌の性質によって決定され、酸性土は青紫系統、アルカリ性土では赤系統、リトマス試験紙の反応と逆の色と覚えておくと好都合なようです。


 さて、紫陽花の色は植えられた環境によって左右される訳ですから、人も生まれ育った環境に影響されることは言うまでもありません。最近、マスコミでも使われるアダルト・チルドレン(AC)の用語がその影響を示す良い例かもしれません。ACは幼いころにアルコール依存症(以下ア症)やアルコール乱用の親を持つ家庭の中で育って大人になった人(人々)を指しており、自分の感情を素直に表現できなかったり、他人の評価を気にしてつねにいい子であろうとしたりし、その為に生きづらさを感じたりする傾向があると言われています。最近はこの用語は、ア症の家庭に限定されず、不幸な家庭「機能不全家族」に育って大きくなった大人に拡大して使用されるようになっています。


 私はア症の治療に携わっていますが、病院へのファーストコンタクトは家族であることが多く、家族を治療の対象者としなければならない事が多いのです。必然的に、受診しないア症者を治療の対象者にする訳にいかなず、ア症者と暮らしている家族を変える、紫陽花の育つ土壌を改良することから始めざるをえないのです。遠回りで気の遠いような話と思われるでしょうが、以外とうまくいく事が多いのです。まさに急がば回れの精神です。


 家族への注目はア症に限ったものでありません。最近では統合失調症(精神分裂病)の家族の係わり方が本人の病気の再発や回復に大きな影響を与えると言われています。ですから、私の勤務する病院では、統合失調症の家族に対して家族心理教育プログラムやABC教育プログラムを導入しています。


 内観に目を移して見ますと、昭和五十年頃より、問題行動を持つ子供さんだけを内観の対象者とするのではなく、両親も同時に内観をすることの大切さが認識されました、両親が内観する事により、子供の問題とばかり思っていたものが、自分自身の問題、つまり自分と親や夫婦間の問題が根底にあることが明らかとなり、子供が身を挺して親の問題を提起してくれていたことが理解でき、新たな展開が生まれていきました。以後、内観研修所では親子が内観をする光景は日常的になりました。さらに、例えばアルコール問題に悩む家族が最初に内観を体験するという事も少なくない状況となり、家族療法の大切さが内観でも認識されています。


 最後に、今年の青少年白書は、未成年者が犯罪被害を受ける件数の増加と同時に反対に加害者となる場合も増えていると報告されています。増加の原因はいろいろあるでしょうが、今一度家庭や家族を見直す必要があると、紫陽花から教えてもらいました。

Copyright(C) 2019 Hiroaki Yoshimoto

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