やすら樹 NO.71

医療と内観 ―第5回―

 心気症

 Sさんは2週間に1回の診察に現れる。彼女との付き合いは、富山市民病院に勤務した時から二十年近くになる。私も彼女も年はとったものの、彼女の訴えには磨きがかかっている。この2週間の出来事、下痢や腹痛、倦怠感に悩まされ救急外来に来て治療を受けた事や、何か大変な病気でないかなどの不安を、二十数分かけて鬼気迫る表情で一気呵成に語る。いや、恍惚?とも見える。途中に話しを止めるような質問でもすると、彼女の訴えは始めに戻ってしまう。聞き手の私にとっては一瞬有り難い?お経を聞かされている気分になる。私は最も有力なコミュニケーションの手段と言われる「傾聴」の難しさを感じ、医師としての修練の未熟さを思い知らされる時ともなる。


 彼女の病気は、心気症(ヒポコンドリー)である。この病気は、彼女のような下痢や腹痛、その他に動悸、めまい、吐き気、頭痛、脈の乱れなど多種多様な訴えを認め、いろいろな検査をしても異常を認めず、心配がないと医師に説明を受けても安心できず、医師の誤診を疑い病院を転々とする傾向がある。この病気になると自己の健康に対する病的な不安が強く、他人から見ればたいしたことがない症状について、大変な病気の症状であると心配し続ける。


 心気症は、心因性の病気と言われているが、最近では生物学的な基礎のある病気で神経ネットワークに問題があるという考え方もあり、原因が確定している訳ではない。それでは心配だと思うでしょうが、治療ができない訳ではない。


 心気症は紀元前に起源を有しているが、現代に多い病と言われている。読売新聞による「現代人の心」に関する全国世論調査では、不況が深刻する中でも、「自分や家族の健康・病気」について不安や心配する人が一番多く、次いで「収入・家計」、「自分や家族の仕事」の順番になっている。心気症が現代に多いのもうなずける結果かもしれない。


 では、治療や予後はどうなるのか。比較的簡単に治る患者もいるが、彼女のように難治例もある。現代は病名をきちんと言って治療するのが一般的になっている。ところが、心気症の患者さんは、自分の病気は身体疾患であるという思いを持っているので、簡単に告げるわけにはいかない。医師―患者関係が確立してから話をするようにしないと、ドクターショッピングを誘発する。ですから、安易に心気症状とストレスを結びつける言い方には注意が必要です。一般的に治療は精神療法が中心ですが、心の問題に触れるのが難しく、精神科医にとって手強い病気です。ですから内観に導入するにも難渋するし、どんな動機付けで内観をしてもらうか一苦労です。


 前回紹介した貝原益軒は、「病ある人、養生の道をば、かたく慎しみて、病をば、うれひ苦しむべからず。憂ひ苦しめば、気ふさがりて病くはゝる。病おもくても、よく養ひて久しければ、おもひしより、病いえやすし。病をうれひて益なし。ただ、慎むに益あり。」と言っている。心気症に代表されるように、ささいな症状や病気をくよくよする人を病院で良く見ます。その人々には、どのように生きるかは自由であるものの、貴重な人生を病を憂うる事で費やしているように思えてならないのです。私は内観を体験する事でそのような人にも新しい生き方ができと確信しています。「病をうれいて益なし」は自分を知ることにより、自然に会得できるでしょう。今回は、少々くどきモードになってしまいました。
 

Copyright(C) 2019 Hiroaki Yoshimoto