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アルコール関連障害障害 ―第13回―

 否認について

 前回まで、家族療法に関係したシステム療法の話をしてきました。今回は、アルコール依存症の方に対する治療をどのように行うか、特に治療の目的でもある「否認の打破」について述べてみたいと思います。

 以前にアルコール依存症の治療は、病気に罹患した本人が治療を求めないところに難しさがある点を述べました。どうして、体の病気のように自ら医療機関に来ないのでしょうか。その理由として、アルコール依存症は「否認の病」の為だと言われています。

 大量飲酒や飲み方の異常に気づいた家族や周囲の者が心配して、アルコール依存症でないかと指摘しても、「自分は人より多く飲むが、アルコ-ル依存症ではない。」とか、「自分はいつでも止めようと思えばいつでも止められる。この前に1ヶ月も飲まなかった。」などと病気の存在を認めようとしません。この否認は家族にも見受けられます。「自分の夫は肝臓の病気ではあるが、アルコール依存症ではない。」とか、「1週間飲まないでいたりするから、絶対にアルコ-ル依存症でない。」など、さまざまに病気に対する否認を認めます。この否認を打ち破るのが治療の第一歩となります。否認のままで、いくら入院して治療しても時間とお金の無駄になるのが明らかです。

  この否認については、一般に依存症者の心理的防衛機制として考えられています。アルコール依存症と認めることはアルコールを止めなければならないと同じ意味を持ちますので、簡単に受け入れる訳にいかないのも理解できるところです。この否認には、大きく2種類あります。

 第一の否認は、冒頭で示したようにアルコール依存症であることを認めないことです。実際には、「1、2合しか飲んでいない。」、「休みに飲むが、ずっと飲むわけではない。」、「飲んでも酔っぱらうほど飲まない。」、「自分の稼いだ金で飲んで何が悪いのか。」、「沢山飲むが、仕事に行っている。アル中のように駅前でゴロゴロしたことがあるか。」などの言葉が聞かれ、現実を歪曲したり、過小評価して事実を認めない傾向が読み取れます。一方、妻や母親にも似たような心理機制を認め、「飲んでもおとなしく、アル中のように暴れるようなことはない。」、「依然はウィスキーを飲んでいたが、最近はビールを飲んでいるので大丈夫だ。」、「自分の家系にアル中はいない。人より少し余計飲むだけだ。」などと語られることもあります。

 第二の否認は、酒以外は問題がないという考えです。アルコール依存症者は「酒さえやめれば、自分や家族に問題はない。」、「飲まなければ、職場での人間関係はうまくいっていたんだ。」などと、コミュニケーションや対人関係の問題を認めなかったりします。家族も、「主人は酒さえ飲まなければ、いい人です。」などと否認することもあります。

 このように、第一の否認はわかりやすいのですが、第二の否認を認めることは意外に難しく、飲酒以前の問題まで気づかないと治療はうまくいかないのです。つまり、自分の生き様までメスを入れる必要があり、苦痛を伴いますが、否認から解放されるとすばらしい人生が開けるのも事実なのです。

 今回は否認の問題について触れたのですが、否認という現象をすべて依存症者の心理的防衛機制として解釈するのは間違っているように臨床経験から感じています。特に、大量飲酒を長期間続けて来院した場合には、すぐにバレルような飲酒の事実を否定したりしますが、この背景には認知障害や軽度の意識の低下が存在するものと思われます。ですから、心理的メカニズムですべてを説明したり、それに基ずく治療は実体にあわないと考えます。否認は存在しますが、アルコール依存症はアルコ-ルによっていろんなレベルで障害されていることを肝に銘じておく必要があると私は思っています

 次の第14回は、生き様を変えていく方法の一つとして、内観療法を紹介したいと思います。