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アルコール関連障害障害 ―第10回―

 アルコール依存症治療劇

 今回から、アルコール依存症に対する治療について述べてみたいと思います。わかりやすいように、アルコール治療を5幕の劇に例えて示してみましょう。

 第1幕:「先生、なんとかして入院させてください。」と妻の嘆願から第一幕が切って落とされるのがアルコ-ル依存症の治療の始まりです。アルコール依存症本人の治療が始まる前に、妻がアルコ-ル依存症という家族病に病んでいることが告げられ、妻が病院に通い始めます。しかし、アルコール依存症者は舞台裏にまだ身を隠しており、もう飲んでもおいしくない酒を飲みながら、いつ訪れるかわからない自分の出番を不安と苦悩の中で待っているのです。

 第2幕:「先生、私はアル中ではないんです。いつでも止めれます。この3日間止めたことがあります。」と、スポットライトを浴びるような華々しさとは無縁のような形でメイン・キャストのアルコール依存症者氏が登場し、妻や家族を前にしてアルコ-ル依存症を否認する ことで、第二幕が始まります。医者は、問題飲酒行動を示しながら否認を崩しにかかり、否認を巡っての攻防戦が繰り広げられます。しかし、アルコール依存症者氏は酒を止めなければならないと頭ではわかっていますので、否認しながらも徹底抗戦は不可能で、入院ではなくてアルコ-ル外来通院という甘い誘惑に勝てず、家族や医師に断酒を誓って通院となります。

第3幕:「先生、止めれません。入院します。」で、3カ月の入院治療の第三幕が始まります。アルコ-ルに蝕まれている体ですので、腹が痛い、頭が痛い、眠れない、転んだ傷が痛い、吐き気がするなど、身体症状のオンパレ-ドが続き、周囲の者に飽き飽きされます。「先生、自分はアル中ではなくて、肝臓が悪いので入院したんです。」などと、集団精神療法の舞台では精神科に入院しながら、シナリオと異なったセリフが見られ、周囲のものをハラハラ、ヤキモキさせられます。以前に同じ劇を演じた先輩達からも自分の体験談もまじえてセリフの間違いを注意されますが、なかなか気付きません。

第4幕:「先生、主人だけが悪いと思っていましたが、自分に問題があるのがわかりました。アルコ-ル依存症は家族病です。」の発言が妻より認められ、第四幕の始まりとともに、治療の転回点でありひとつの山場です。この見せ場がなければ、この舞台劇は観客の興味を引くこともなく、ただ単に終幕に向かってキヤストが「酒をやめます。頑張ります。」とクリ-プのないコ-ヒ-のように虚しく舞台にセリフが行き交うだけです。

 「先生、妻や先生の話が少し素直に聞けるようになりました。やはり自分はアル中でした。」と、晴れ舞台のような訳にはいきませんが、しっかりしした足取りで語られる時、舞台に立っている者、観客席にいる者、舞台監督すべてのものがこの劇の成功を期待するのです。

終幕:「先生、酒を止めるかどうかよりも、その前に自分に問題点があることがわかりました。」で終幕を迎えます。エピロ-グ。「私の入院劇は終わりますが、これから断酒会やA・Aでの終わりのない自己探求劇が始まります。みなさまの厳しくかつ温かい見守りをお願い申し上げます。」

 私は、この舞台に登場するアルコール依存症とその妻や家族達に対して、「愛しきアルコール依存症達よ、酒よさらばの劇を成功りに終わってほしい。」と願ってやまないのです。

 上のような治療は富山市民病院のアルコール治療の場で繰り広げられています。参考になったでしょうか。次回より詳しく、アルコール依存症治療を取り上げたいと思います。

Copyright(C) 2019 Hiroaki Yoshimoto

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