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やすら樹 NO.92

医療と内観 ―第26回―

   毒のないフグ

 私が勤める富山市民病院の近辺は、ちょっとした寿司通りです。なんと半径400メートル以内に寿司店が6店舗もあるのですから。富山近海で捕れる新鮮な寿司ネタがお客を誘うのでしょうか。平成16年には「自己発見祭り」が、17年は「内観ワークショップ」、そして18年に「日本内観学会」が富山の地で開催されます。是非、内観三昧とともに美味しいコシヒカリや水と同様に、寿司も味わっていただきたいものです。


 私や家族が富山の味処と知られている「寿司栄」の坂本店長から、毒なしフグの話を聞いたことがあります。フグ毒は、テトロドトキシンという青酸カリの数百倍の強さの猛毒で、大人でも数mgも摂取すれば命取りとなり、それ故に素人が自家調理して食中毒を引き起すので免許を持つ調理師の手で作られたものでないと危ないというのは常識です。ところが、人工の餌を使って養殖すると毒がなくなると聞いたのです。インターネットで調べるとその謎がわかりました。テトロドトキシンは、魚介類がもつ自然毒、マリントキシンの一種で、海洋中のアルテロモナス菌やビブリオ菌などによりこの毒が造り出され、それを食べたプランクトン、さらに小型巻貝などの海洋生物をフグが食べるという食物連鎖により、低濃度から高濃度へと毒が蓄積されるというメカニズムです。この食物連鎖を起こさないように、無毒フグを生産できる養殖法がすでに確立しているのです。


 さらに毒を巡って興味深い点がある。フグにストレスがかかると体内にあるこの猛毒を体外に出して敵から身を守る習性がある点である。さらに、無毒フグは有毒フグと比べて味は変わらないが、抵抗力が低下して病気になりやすい。その原因は、この毒がフグの免疫系を賦活していたが、無毒化されることにより免疫系の機能が低下したためによる。文藝春秋の巻頭随筆の中で、フグ毒研究者の野口玉雄が「毒なしフグの憂鬱」でこのことを書いている。


 フグは遺伝的にフグ毒を体内に作らないが、環境の影響でフグ毒を体内に持つ。その意味では育ちが影響しているが、普通のフグは、毒を持つことが、防衛的にも免疫的に有効に働いている。精神医療の中に身を置いていると、「氏(うじ)か育ちか」について考えさせられる。心の病気を観察していると氏、遺伝的問題は無視できないが、養育環境の及ぼす影響も大きい。アルコ-ル依存症者は、高率で機能不全家族の中で育っている。「氏より育ち」という諺を証明しているかのようである。しかし、どうであろうか。ストレスのほとんどない環境で育つと、人は無毒フグのようにならないであろうか。ストレスの高い機能不全家族という中で育っても、フグが毒によって免疫系の働きを強めたように、また、毒を周囲に放出することによって敵から身を守ったように、人は「毒は毒をもって制す」のようにストレスという毒をもって、少々のストレスに影響されないようなたくましさを育てることにもなる。実際に、機能不全家族の中で育った方がすべてアルコ-ル依存症にならないことがその証でもある。


 内観は自分を知る作業でもあるが、嫌な自分などいわゆる自分の毒を認知することでもある。それが自分をより強くする。無毒のフグから、いろんなことを学んだように思うのです。


 次回から高口典章先生がこのコーナーを執筆されます。今まで駄文に付き合って下さった読者のみなさんに感謝し、筆を置きます。

Copyright(C) 2019 Hiroaki Yoshimoto

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