やすら樹 NO.88

医療と内観 ―第22回―

   樺細工と老熟

 人は悠久の年を過ごすことは残念ながらできない。やがては老年期を迎える。最近は高齢者を六十五歳ではなく七十歳に見直したらという意見もある。確かに、病院で診察室を訪れる高齢者を見るにつけても、外見上からも精神的にも壮年者と見間違える人にも出会う。六十五歳という暦年令でお年寄りというレッテルを貼るのに抵抗感を覚える。一方、暦年齢に比べて老けて見える人もいるのも事実である。特に、老年期は生理的年齢の差よりも,精神的年齢の個人差をより強く感じる。老年期はいろんな意味で人生の総決算の時期であるが、私達が、老年期をより若く、特に精神的に若々しく生きるのにどうしたらいいのでしょうか。


 今年の夏、秋田で行われた研修の帰りに、みちのくの小京都、角館に立ち寄った。日本アカデミー賞の12部門を受賞した映画「たそがれ清兵衛」のクライマックスのロケ先になった地が心に留まっていたためかもしれない。


 武家屋敷が立ち並ぶ中を散策したが、ふと角館町樺細工伝承館に足を止めた。樺細工とは、山桜の樹皮を細工して茶筒や硯箱などを作るもので、雪深い東北の秋田藩の支藩であった角館で武士の冬の内職作業として始まり、後に工芸作品としても評価されるに至った。


 樺細工は、元来木の製品が多い日本では、年月が経ると必ず体積が減り竹のように割れたりする運命にある。その解決に山桜の樹皮を巻くことにより木工製品の寿命を延ばすことが可能になったという。正倉院の宝物の中にもその手法を見出すことができ、日本全国でこの手法がいろいろな分野で一部残っている。例えば、雅楽の楽器に利用されたりしているが、本格的に日常の製品の中に応用され、角館で花咲いたのは、山岳密教にこの手法が伝えられて残っていたためでもある。ここで、さらに興味あることを聞いた。プラスチック製品等の人工のものは使えば使う程に光沢を失うが、樺細工は使う人の僅かな油を得て光りを増すという。単に、仕舞って置くというより、人が大事に日常的に使うことが大事でもある。あまり使わない時には油を少しつけると良いのだと実演している方から聞いた。


 長々と樺細工について触れたのは、プラスチック製品は時間の経過につれて光を失い、樺細工製品は使い方を工夫すれば時を重ねるにつれて光沢を増すという点で、老いと重ね合わさったからである。人の老いを、マイナス的に捉えると老化,老朽,老残,老醜,老衰,老廃などの言葉が当てはまるであろう。一方、老いを経験を積むなどのプラス要因的にみれば老熟,老成,老練,老巧,老実,老手などの用語を発見できる。では、樺細工がより光沢を放つには、大事に仕舞うのではなく、人が大切に使って、人の手の油によって輝くのであるから、人も自分をストレスに曝し自らを鍛える必要がある。他人からも鍛えられる。老化に与える影響は、長寿家系のような素因、環境の影響、身体的・心理的負荷など考えられ、自らの努力だけではどうにもならない点もあるが、精神的な若さを保つには工夫が可能である。


 内観を知り、多くの人との出会いがあった。高齢で熱く内観を語る多くの方と話しをする機会もあった。どの方も精神的な若さに満ちあふれ、安らぎと喜びにみちた生活が背景にあるように思え、老熟がピッタリであった。まさに、角館町樺細工伝承館にあった陳列された製品でなく、日常に使われていた樺細工製品をそこに見る思いであった。